革新的アプローチで、
生物の移動研究に挑みます。
令和3年度(2021年度)「学術変革領域研究(A)」研究領域として【サイバー・フィジカル空間を融合した階層的生物ナビゲーション(略称:階層的生物ナビ学)】が採択されました。「学術変革領域研究」とは、様々な専門性と知見を有する研究者の有機的な連携の下、従来の学術の体系や方向を大きく変革・転換させることを目標とする取り組みです。
人間の祖先は600万年前に直立歩行を始め、約300万年前には完全な直立二足歩行になったとされています。そうして獲得した移動能力によって、アフリカから世界中に拡散し、繁栄してきました。人類の黎明から現在に至るまで、「移動」は常に重要な意味を持ち、進化・発展をドライブさせる力になってきました。もちろん人間だけではなく多様な動物、さらに言えば細菌やウイルスも、宿主・罹患者となった動物の移動と他の個体との接近や接触によって広がっていきます。
移動は生命活動の根幹・本質であり、自然界は人間、生物、人工物を含むモノが「位置を変え続ける」ことにより成り立っています。多様で多彩、そして複雑な移動形態・運動形態に、古くから多くの研究者が魅了され、その仕組みの理解や研究方策の確立を試みてきました。しかし、広大でとらえどころがなく、様々な要素が入り混じる生物の行動システムを探索するには、多くの困難が伴い、また限界がありました。
移動を科学する――多くの種のインタラクションというこれまで誰も到達できなかったゴールを目指し、工学・生物学・情報学の精鋭が計画研究を設定しています。フィジカル(実世界)空間での計測・制御とサイバー(データ世界)空間でのシミュレーションを駆使し、移動に関するさまざまなモデリングを考察する取り組みが始動しています。フィジカルとサイバー、それぞれの空間を密に滑らかにつなぐのはAI(人工知能)。フィジカル空間で獲得した膨大な行動データをサイバー空間でモデル化し、生物の複雑な振る舞いを精緻な数理モデルや機械学習モデルとして表現していきます。さらにサイバー空間からフィジカル空間へフィードバックし、シミュレーション分析を繰り返すことで、より精密なモデルに洗練させていきます。様々な要因が混在する生物の移動の解明は、生物学・工学・情報学といった分野の垣根を越えた新しい融合研究を創出します。
私たちが目標に置くのは、移動が関わる諸問題を解く方法論と技術を根底から変革する新しい学問分野「階層的生物ナビ学」の創設です。移動の本質的な構成要素とその因果関係を解明することは、安全で安心、効率的な社会・暮らしの設計(例えば渋滞のない道路、自動車の衝突回避、最適な物流・作業ルートの構築、認知機能低下の早期発見など)や、人間と生物の共生(人里に出現する野生動物の管理、ウイルスを媒介する動物の行動範囲制御など)につながっていきます。生物の移動を理解し、予測・制御することには大きな意味と意義があり、多方面にわたる応用可能性があります。革新的アイデアを推進力として移動研究の最前線を目指す私たちの挑戦にどうぞご期待ください。
経歴◎1990年大阪大学助手、1994年岡山大学講師・助教授、2000年東京大学助教授、2004年東北大学教授、2002−2009年JSTさきがけ・SORST研究員、2015−2021年東北大学情報科学研究科副研究科長。2016−2020年新学術【生物ナビゲーションのシステム科学(略称:生物移動情報学)】領域代表。ロボティクス、コンピュータビジョン、トラジェクトリマイニングに興味を持つ。
委員/受賞◎日本ロボット学会副会長・フェロー、計測自動制御学会フェロー、IEEE Senior Member、2021年文部科学大臣表彰(研究)