例えば、道行く人びと、夕暮れの空をヒラヒラ飛ぶコウモリ、地面を忙しそうに歩くアリ、数十億匹もの大群で回遊するイワシ――生命活動の根源である「移動」に一定のパターンや法則は見いだせるのでしょうか。私たち研究協働チームは、まったく新しいコンセプトと研究アプローチにより、複雑で多様な要素が綾なす生物の移動の本質を理解し、予測・制御する技術群の創出に大きな一歩を踏み出しました。

私たちは、移動を中心とした生物の個体レベルの活動を「ナビゲーション｣（目的地にどのように到達するか）、ナビゲーションの上位にあたる他の個体や環境と影響しあう様を「インタラクション｣、そして個と集団が階層性をもって目的地へとたどり着く行為を「階層ナビゲーション」と定義しました。第一のミッションは、この階層ナビゲーションの本質的な構成要素とその因果関係を解明するための計測技術と情報科学的手法の開発です。続いて、新しい学問分野「階層的生物ナビ学」の創設を通じて、生物の行動が関わる社会的課題を解く方法論と技術の学術変革を目指します。生物学と工学・情報学の有機的かつ密な連携により、既存研究が到達できなかった高みを志向する挑戦的研究です。

私たち研究協働チームは、階層ナビゲーションの本質的構成要素（例：移動の目的、運動能力、ナビ能力、空腹・ストレス過多など身体の状態、他個体との干渉・協調）の連動や因果関係を「行動ダイアグラム」と名付けました。たとえばエサを探す鳥は、仲間の後を追ったり、天敵が待ち構える場所を回避したりしながら、太陽や匂いなどの手がかりを使って移動していると考えられます。しかし、どの要素が重要で、各要素がどのように影響を及ぼし合いながら、個体（鳥）の行動として表れているのかを見出すのは容易なことではありません。

この難しい課題に切り込むのが、最新の計測技術と情報科学的手法をシームレスに結合した研究プラットフォーム「χ（カイ）ログボット」です。私たちの独自アイデアによるχログボットは、人工知能（AI）を用いて行動の計測と介入（対象への実験的な働きかけ）を自律的に制御し、階層ナビゲーションを解明するための実験を自動化するロボット（Logbot: Logging Robot）です。χログボットを動物に装着したり、環境に設置したりすることで、フィジカル空間（実世界）で行われる計測から、サイバー空間（コンピュータ上）で行われる分析・介入方策決定までのサイクルを自動化します。これはAIが収集したデータから因果関係を分析・学習し、行動ダイアグラムの仮説を検証・強化するための実験介入方法を自ら決定するという点が大きな特徴です。

私たちは、この新たな実験方法論を「シームレスCPS（Cyber Physical System）｣と呼び、数理モデルや機械学習モデルの構築と検証を繰り返して行動ダイアグラムを洗練させる枠組みを実現します。

私たち研究協働チームの取り組みにより期待できる主な成果は以下の3点です。

（1）革新的デバイス「χログボット」等の先端的行動計測を通して、これまでに得られなかった生物の階層ナビゲーション情報を高精度に取得できるようになり、生物移動研究の進展に直結します。なぜ渡り鳥は道に迷わないのか、魚はなぜ大集団で回遊できるのかなど、生物の移動にまつわる謎が明らかになるかもしれません。

（2）｢シームレスCPS」という新しい方法論により、多様な階層ナビゲーションモデルの提案やその検証が可能になるとともに、そのプロセスを通して、人間を含む生物およびモノの移動情報を分析するための情報学的基盤が整備されます。生物やモノの移動について、意外な共通性や多様性を見つけることができるかもしれません。

（3）χログボット上で計測・分析・介入方策決定・介入のサイクルを繰り返すことで、生物学、工学、情報科学の各分野を相乗的に発展させます。将来的には、この研究領域で得られる成果を様々な社会的・工学的課題へ応用することを視野におきます。“空飛ぶクルマ”や完全自動運転など社会実装が期待される未来技術、人間と野生動物・ウイルスとの共生など、｢階層的生物ナビ学」が活躍できるであろうフィールドは多岐にわたります。 ｢移動」という複雑で深遠なテーマの探索に向けて、私たちは動き始めています。